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GO TO EAT に思うこと

GO TO EAT !キャンペーンが20日、水曜日から京都でも始まりました。うずらでもプレミアム商品券である食事券が使用できます。

木曜日には初めて食事券を使われたお客さまがありました。 GO TO トラベルから始まったGO TOキャンペーン。GO TO トラベルに続き、GO TO EAT、GO TO 商店街が始まり、最後にGO TO イベントが控えています。 新型コロナ感染拡大によって落ち込んだ消費喚起を狙った2兆円近くのとても大きな経済政策がGO TO キャンペーン。

GO TO EATの京都事務局から電話がかかってきたのが先月終わり、今月に入ってGO TOトラベルの事務方からも電話がかかってきました。参加されますか?という内容でした。ネット環境にあるならそちらから申し込めますからいかがしますか言う話しでネットから申し込むとやりとりしました。 参加したい意思があるのにネット環境にない事業者には郵送対応もできるということで周知のための電話連絡であったわけです。コロナの影響を受け、深刻な事態に陥っている事業者を消費喚起で支えようと言うのですから、出来るだけ全ての関連する事業者に連絡しようとするのは当たり前のことです。これは反対から見れば、アリバイづくりとも言えるかも知れませんが、とりあえずお伝えしましたよって言う感じでしょうか。

そんなやり取りをしてる実際に申し込んでみると幾つかの疑問が出てきました。 GO TO EATの食事券事業に応募してから、GO TO EATのもうひとつ、ポイント付与事業を調べてみようかと思ってるところへGO TO トラベルから電話がありました。そこでその電話でポイント付与事業について尋ねると、GO TO EATの事務方の電話を教えるのでそちらで聞いてくださいとのこと。

つまりGO TOの四つの事業はそれぞれ国交省、農水省、経産省、中小企業庁の4つの省 庁に縦割りされているのでした。そう言えば持続化給付金での電通への多額の委託経費についての批判が沸き起こり、経産省一択から各セクションでの委託事業になったのでした。 しかし経産省主導(支配)が少し修正されただけ、電話でのやり取りをしてネットからGO TO EAT、GO TOトラベルにそれぞれ申し込んで、この先の日本のますますの没落を予感しました。 結局郵便申し込みの方がネット申し込みよりも早かった定額給付金の配布の申し込みをめぐるすっつたもんだでITがからっきし遅れたダメ国であるとなりましたが、GO TOのネット申し込みをやって見ると、ITオンチな私でももう少しなんとかならんかと感じざるを得ませんでした。

スマホからネットでGO TO EATに申し込んでのち、GO TO トラベルに申し込んで見ると申請で必要な内容はほぼ同じ。同じ内容を二度申し込まないと両方には当たり前のように参加できないわけです。店からしたらEATの食事券もトラベルの地域クーポンもどちらも現金の代わり、どちらかひとつと言わず両方やれれば機会が増えるわけですから、両方やらない手はないわけです。そもそも落ち込んだお客さんを取り戻そうとするためにやられているキャンペーンなんだから機会は多い方が良いに決まってます。

EATに申し込む時に、トラベルもしますか?としておけば、店からすれば手間が省ける。苦境に立つ業界、事業者を支援する仕組みなんだから、そんな機能を入れることは難しいことなんでしょうか? そしてEATのポイント付与事業、ポイント付与を悪用した錬金術が指摘されてますが、それだけでなく、小さな店からするとどれぐらいメリットあるかわからないのに、グルメサイトに入会してグルメサイトに囲い込まれて、予約客紹介してもらったらグルメサイトに手数料払ってと、税金を使ったグルメサイト支援策のように思えます。 省庁縦割りで本当に困っている人への支援、救済より「やってる感」が大事にされる。そして行政に巣食って税金を儲けにする政商たちがコロナ危機を通じて、利益を確保する仕組み。危機を通じて権益がより強化される。 そんなことを思いながら、GO TO EATキャンペーンのポスターを店の入り口に今日も貼って、営業を始めました。20日水曜日から今日は24日の土曜日。使って頂いたEATの食事券はまだ一枚。 どこにどうなん風に出回っているのか、本当にわかりません。

学都深草

 電柱には「練兵」の文字。うずらのある西浦町、昔は練兵場だったところ。 伏見はというより深草は戦前、軍都、軍隊の街でした。深草のランドマークのひとつである聖母女学院本館はかつての陸軍第16師団司令部庁舎。

電柱に練兵の文字

 うずらからほど近い、師団街道南行きの深草西浦町バス停の次のバス停は藤森。そのバス停には旧い石柱。「紀元二千六百一年 飯食町」の文字が書かれています。1941年を記念する石柱です。

 なぜ1940年ではなくて、1941年なんだろう、見るたびに不思議に思えて、頭の中を廻らせてみた。 1940年は皇紀では紀元2600年。幻となった東京オリンピックも予定されていた。「紀元2600年」なら他の場所でもいくつか見たことがあるが、「紀元2601年」は近隣では見たことがありません。

 1941年、当時の人にとってなにが記録・記念するものだったのだろう。1941年は太平洋戦争開戦の年。一撃加えればすぐに終わるだろうと始めた日中戦争は膠着、泥沼化、欧州では大戦が始まっていて、米英を相手に戦争をするかが問われた時期。現在から見ればそれは無謀な戦争とはっきり分かる。当時も米国と戦争して勝ち抜けるとは思っていなかったが時代の雰囲気が米国との戦争を後押ししていって、回避する機会は何度もあったのに、まさに「それでも戦争を選んだ」

  1941年12月、初戦で米英を破り、それこそお手本たる西洋の大国を撃ち破り、近代を超克ししたと舞い上がる空気がまさに「二千六百一年」を記念させたのではないだろうか。

 1941年12月8日に対米英戦争が始まり、1945年8月15日の敗戦までの期間3年8か月。4年に満たない年月で、大日本帝国は崩壊した。 軍都伏見も終わり、そのかつての軍事施設は平和を望む地域の人々の営為で大学を始めとする教育機関に生まれ変わった。 軍都から学都深草へ。今も学都深草は続いている。

聖母女学院本館

深草産の大辛青唐辛子

今年も出てきました! 大辛の青唐辛子。
汗が噴き出し、頭からも汗をカキカキ! ハフハフ食べる季節限定の大辛カレーが今年も登場です。

深草に伝わる青唐辛子。

深草産の大辛青唐辛子

辛い唐辛子と言えば、いわゆるプッコチ、韓国唐辛子が有名ですが、こちらはそれより一回り小ぶり。深草でも希少な作物。

深草産の大辛青唐辛子

その青唐辛子を細かく刻んで香りが上がるまで炒めてチキンキーマカレーに混ぜた仕上げたのが、「深草産 大辛青唐辛子のチキンキーマカレー」です。

KARA1グランプリにも挑戦できるぐらいに辛い‼️

うずらでは辛いモンマニア?に人気の一品。唐辛子を炒めている最中に辛い辛い匂いが上がってきて鼻を直撃して、鼻の粘膜が少し痛くなるほどの辛さ。
毎年今年の味はどうかなぁと、試食するのですがこのカレーだけは完食出来ません。実は辛いモンはそれほど得手でないので、口の中が炎🔥ぼうぼう状態で半分までは頑張るのですがリタイヤ。

この唐辛子、深草の伝統野菜。地元の農家さんが引き継いで野菜をつくってくれるので今もわたしたちがそれを口にすることができます。
地域の資源と文化を守り、未来につないでいく。そんなことにつながる一皿が深草産の大辛青唐辛子のチキンキーマカレーです。8月いっぱいぐらいまでの本当季節限定の一品です。
辛いモン好きの皆さんにおすすめです。
いかがでしょうか。

夏至カレー

今年も前半が終わろうとしています。
6月終わりは夏越しの大祓に水無月をいただく日本の季節行事にありますが、もうひとつ6月の季節行事にじわじわとせり上がってきているのが「夏至カレー」。夏至当日には、Twitterのトレンドにも上がりました。

「太陽に感謝し、カレーをおいしくいただき、今年の前半を労うとともに後半の健康を願う そんな日本の季節行事」が夏至カレーです。
わたしが夏至カレーを知ったのは、2年前の夏至の季節です。TwitterやFacebookに#夏至カレーなるものが投稿されていて、カレーのことならば乗るしかないと夏至カレーのアカウントにフライヤーを送って欲しいと連絡を取ると、「フライヤーとポスターをお持ちしますが…」という返信がありました。
その年は、大阪の水間鉄道が夏至カレーの関連イベントをされていたので、夏至カレーの中の人は、泉州在住の人なんだと思っていて、えらい離れているのにお手数かけるなぁと思っていると、ほんとにまもなく届けらることになるのです。
夏至カレー大使、その人がフライヤーとポスターを持って現れました。話してみてビックリ‼️、その人はなんと伏見、それも藤森神社近くに在住の人だったんです!。

夏至カレー大使は、中田絢子さんというフリーのカメラマンでもう10年近く、夏至にはカレーを食べる、「夏至カレー」なる日本の新季節行事を提唱する人だったんです。

中田絢子さん

それから夏至カレーに参加して、3年目。今年は夏至カレー、いよいよ本当に日本の季節行事にせり上がってきましたね。

誰もが、お家でもお店でもカレー🍛ライスに限らず、カレー味のものならなんでもOKで、フラゲ(フライング夏至カレー)から後夜祭まで楽しめる、幅広い楽しいイベントだからどんどん広がっていきます。
夏至カレー、とにかく面白いので、当然今年もうずらも乗りました。

さぁ今年も半分終わって、またこれから半年頑張る元気をいただきました。
夏至に感謝をいたします。

店内営業再開とテイクアウト継続

店内営業を再開して十日が経ちました。

4月13日から店内営業を休止してテイクアウト営業を40日ほど、5月20日から店内営業を再開しています。

少しずつお客様も店内に戻って来られていますが以前と同じというわけにはいきません。 席数着席数を減らし、カウンター席には透明のシールドを設置。 以前とは随分違う営業がこれからも続きます。

テイクアウトも継続して注文をお受けしています。 飲食店はやはり接客業が基本でもあります。シールド越しの会話はとてもしんどいですし、席数制限のためにお客様をお断りすることはせっかく足を運んでいただいたのに、心底心苦しいのです。 周りの飲食店さんも手探りの状態のなかで新しい営業を模索されています。 京都府も新規感染者も2週間連続でゼロ。収束に向かう途上です。

明日から6月。うずらも少しずつ日常に戻れるように一日一日を積み重ね営業をしていきます。 皆さま、どうぞよろしくお願いします。

緑のカーテンも伸びてきました

喫茶うずらはテイクアウト営業中

学校の一斉休校が突然に要請されたのが2月の終わり。そのときにはこれほど深刻で長期化することは想像できていませんでした。 4月13日からは店内での営業は休止しテイクアウトのみで営業をしています。周りの飲食店、早いところは4月初めから休業に入ったお店もありましたがいまは多くが店内営業を休止してテイクアウトのみの営業へとなって来ました。

「大変なことになってきたなぁ。何しろいつ終わるか見通しがたたん。5月6日まで言うが終わるとは思えない。とにかく先が見えんのがしんどい。」近所の飲食店に食材を卸す会社の会長さんに会った時の立ち話。

人が集まることがリスク、人と接触することがリスクであるこの新型コロナウィルスの影響は生活を全くガラリと変えてしまいました。 この状況がいつまで続き、この先どうしていくのか先が見通せないことが本当に難しくしんどい。

いつかは終息するだろうけれど、自粛が要請されるこの状況の中で事業をどうすれば継続していけるのか。自粛、休業を要請されどもその補償は全く不十分で、その要請の対象にならなければ補償の対象にもならない。事業を継続させるための持続化給付金もまだ申請は始まらず月末にならないと最終的に決まらない。とても遅くて、とても足りない。

いつかは終息するだろうけれどもそれがいつかは見通しが立たないし、再開出来てもこれまでの日常に戻れるのはいつなのか想像も出来ないし、そもそも以前のような状態に戻れるかも見通せません。 先が見えない、ゴールがわからないのがしんどいのですが、やれること、出来るだけのことをして店を続けて行きます。

季節は移ろい花は咲く
友人の応援でチラシもできました
店内メニューはだいたいテイクアウト出来ます

休校中のお昼ごはんを応援します

京都市の学校休校が始まった先週の金曜日、店の前の公園は花見時期の休日のようなたくさんの子どもたちとお母さんの人出になってました。続く土曜日も。
うずらにもお孫さんと一緒に来られる方や公園での時間の間にやってこられる方が少しずつ増えてきた先週でした。

休校中のお昼ごはんの用意を応援します。そして人混みを避けて外出を控えている方たちにもごはんの用意の手伝いになればと思い、今週からお惣菜、カレーのテイクアウトをランチタイムにいたします。
11時から12時までと13時から14時までの間、販売対応をいたします。(12時から13時までの間は除きます。)
突然の休校で長い休校なのでごはんの用意がとても大変です。そんな時に少しでも足しになればと思います。

お惣菜
・今日のおばんざい ・コロッケ2種 ・トンカツ ・鶏の唐揚げ  ・サラダ
カレー
・カレーソース ・チキンカレー

以上のメニューが対応可能です。お電話はいただければ事前に用意も可能です。
よろしかったら、どうぞご利用ください。

さくらんぼの花も満開間近

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2月9日は初午

2月9日は初午でした。初弘法とか初天神っていうのは年の始めの一月のその日をいうのですが、初午の場合は2月の最初の午の日を言います。「稲荷大神がお鎮まりになった」日が初午。1300年前の西暦711年、奈良時代のこと。
奈良時代だからその日は旧暦で記録されているから本当はもうひと月ほどあとのことになります。だから初午を旧暦で祝うところも全国にはあるといいます。

旧暦のその日を新暦のその日で祝うのは日を固定するのには便利ですが、季節感が少しずれる。伏見稲荷が創建されたという1300年も前の初午の日はもう少し暖かな、菜の花が咲く頃だったはずです。

そういえば高校生のころ不思議に思っていたことがあります。40年前は時代劇がまだまだ全盛なのですがドラマで忠臣蔵をみると雪が降るなか討ち入りに行くので江戸時代は寒かったんだと思ってました。12月の半ばにあんなにしんしんと雪が降るとは江戸時代はなんて寒かったんだろう思っていましたが、新暦だと一月の討ち入りだから雪が降っていても不思議はない。

春節も終わり、寒さのピークもそろそろ過ぎて、春ももうそこまで。そして、中国で猛威を振るう新型肺炎も春とともに早く収束に向かうことに願わずにはいられません。

春が暖かな風とともに希望をもたらしますように。

そろそろ菜の花が出てきました

菜の花のチキンキーマカレーも来週あたりから始めます

初午の日にやってきた鰻頭喰い

初午の日

昨日の朝の空。台風か嵐のような朝の空模様。一月終わりというのに寒さに凍えない早すぎる季節の変わり目のようなこの頃の天気です。

毎週水曜日はうずらの店先で野菜直売の日です。久我のだん弥さんの野菜、売ってます。

久我、「こが」って読みます。桂川に沿った肥沃な土地が美味しい野菜を育てます。だん弥さんは無農薬無化学肥料でもう40年も野菜つくり続けられてます。根菜類は絶品ですし、今なら葉物野菜。先日も白菜を買われたお客さんが「美味しかったわ!」とまた足を運んでくれました。久我の葉物野菜と言えば、やはり畑菜。その土地にその地の葉物野菜が少し前まではありましたがいまは小松菜が全盛ですが京野菜の中でも作られる産地が限られるこの時期が旬の京野菜です。
「畑菜がある!」とたまたま通りかかった方が懐かしいと買って行かれることもあります。

もうすぐ「初午の日」。初午の日には、畑菜の辛子和えを食べる風習が京都にはあるんです。
この時期、ランチの小鉢のひとつに畑菜の辛子和えを添えてます。

旬の畑菜、ぜひいかがでしょうか。
心を込めてご用意をしてみなさまのご来店お待ちしております。

フリーマガジン「KYOTOLIFE」と情報誌「Leaf」に掲載されました!

5月の始まりも雨の朝です。天候不順な4月が終わって5月になりました。
月替わり、うずらのある深草は祭りの季節です。勝運の神さま藤森神社の神幸祭が5月5日に行われます。

さて今回、うずらのカレーを情報誌掲載していただきました。

マンションアパート情報と京都の暮らし楽しむ
フリーマガジンKYOTOLIFE 5月号

京都を知る、京都を遊ぶ 情報誌Leaf


の二誌に掲載していただきました。

KYOTOLIFEでは 「鹿肉キーマカレーとチキンカレーのあいがけカレー」を、Leafでは旬野菜のチキンキーマカレーを紹介していただきました。両方とも渾身の一皿です。

ぜひ食べにおいでください。

フリーマガジンKYOTOLIFEは地下鉄の駅構内などに設置されてます。Leafは書店で現在発売中です。